上ノ廊下横断 前編
登山を包括的に、深く探求するハードコアクライマーの間で昔から取り組まれてきた課題がある。それが「冬期黒部横断」だ。
信州側の後立山連峰を超えて黒部渓谷の谷底まで下り、再び富山側の立山・剱連峰を超える「横断」である。
どこをどう繋ぐか、ルートの組み合わせはたくさん考えられ、それによって難易度も大きく変わる。そのルートの中に各パーティが自らの目標とするリッジや壁や厳しい徒渉を組み込むのだが、冬の黒部でそれらが達成されることは稀だ。何故なら非常に厳しい豪雪環境と隔絶を余儀なくする深く険しい地形により、黒部の谷底に入り込んでしまえば結局はそこから脱出することに全ての力を注がなくてはならないからだ。また、予備日を入れると20日にも及ぶ山行期間と長い移動距離故に計画が順調に進むことも少ない。
その経験のなかで、我々はいつもの山行よりも更に一層自然に対して畏敬の念を抱き、自分の存在のあまりの弱さから自身の命の輝きを感じることができる。
それが理由かはわからないが、黒部に限らず「横断系」の山行に魅了されるクライマーは後を絶たず、私もそのひとりだ。
今回のメンバーは、いつもの塩谷ガイドに富山の和田先輩と私の3人となった。
当初、鹿島槍を超えて十字峡を渡り、難課題とされる大滝尾根から剱を超える計画だったが、近年稀にみる高温少雪で標高の低い箇所のコンディションがあまりに悪い。大滝尾根の核心部は最も標高の下がる十字峡付近に位置するので断念せざるを得ない。年末年始の積雪では標高を落とさないルートどりを余儀なくされてしまった。
検討の結果、我々が選んだルートは
「裏銀座縦走⇒黒部川最上流部上ノ廊下横断⇒薬師岳東面登攀⇒あわよくば剱岳まで縦走」
と決まった。薬師岳超えを目標とし、状況が許せば剱まで行く計画だ。
2025年12月27日明け方、我々3人は裏銀座へのスタート地点となる七倉のゲートに集まった。
いつものことだが、この類の山行ではけっこうなプレッシャーがかかる。それ故、みんな真顔で口数は少ない。だが、お互い登り込んできた経験豊富な3人だ。プレッシャーを感じつつも強い信頼感で結ばれている。

初日の目標は烏帽子小屋。軽量化しても35kgになったザックが重く、ブナ立尾根の急登が堪えた。




28日は野口五郎岳を超えて水晶小屋の先まで。冬の黒部でこんな晴れがあるなんて!というくらいの晴れだが風が強い。終日強風で煽られながら登るのはラッセルとは違った辛さがある。風上はカチカチなので怖い。

29日は水晶岳、赤牛岳を超えて黒部の谷底に下る。前日にも増して強い風に耐えながら水晶岳山頂でご来光。水晶岳付近はなかなか険しく重い荷物では難儀する。自分を信じてノーロープで通過。


赤牛岳まで来ると対岸に薬師岳東面が巨大に聳える。我々は山頂にダイレクトにつながる中央稜に狙いを定めた。谷底まで下ってあれを登り返すと思うと若干気が遠くなる。
地図を読み、上ノ廊下の徒渉地点へと下降する。黒部川は両岸が岩壁になっている箇所が多く、何処でも谷底に降り立てるわけではない。目標地点に正確に下降するのが肝心だ。
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