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上ノ廊下横断 後編

10月15日
読了時間: 4分

黒部川最上流、上ノ廊下に降り立った。流れは緩いが思ったよりも水量が多く一瞬怯む。

過去の記録では膝程度の水深とあったがとんでもない。



冬期徒渉の経験が豊富な和田先輩が先陣を切って突入する。装備を濡らすことは絶対に避けなければならないので、裸+下半身はビニールカッパとネオプレンソックスで徒渉する。服を脱いだ瞬間から震えが止まらないし、水に入ると心臓がおかしくなりそうだ。しかし、渡り終えるころにはアドレナリン全開なのであまり寒さは感じず、その隙に服を着てしまうのがコツ。腰まで水深があるので流れが緩くてもさすがに持っていかれそうになる。冬期黒部川寒中水泳は耐えられないのでけっこう必死で踏ん張った。



一人徒渉するとチロリアンブリッジで装備を渡し、また一人徒渉する。装備渡しは小分けにして何回も行う必要があり、この作業に2時間少々かかったがトラブルなく無事に渡り終えた。渡り終えたということは既にここからの脱出は容易でなくなったということでもある。

この日は河原で幕を張った。




30日、断続的に雪の降る中、中央稜に取り付く。下部は急な樹林帯だが序盤でロープを出した以外は順調にラッセルしていく。森林限界線で視界が無くなり、荒れてきたので幕営。天気予報は荒天の継続を告げており、ちょっと気が重くなる。


31日、吹雪だ、停滞決定。行程中、最も隔絶された場所で停滞である。しかし、みんな日頃から山に激しく親しんでいるのでいたって冷静。翌日の午前中に疑似好天が来るタイミングで一気に薬師岳を超え、樹林帯のスゴ乗越に滑り込むことにした。薬師岳さえ超えてしまえば富山側にエスケープできるポイントは随所にある。




2026年1月1日あけましておめでとうございます。視界は無いが、風は弱まり昨日よりずいぶんマシな天気だ。登るにつれて尾根は急峻になっていく。今回はヘルメット無し、ロープは6㎜のピュアラインなので一応スタカットで登っているが落ちるのは論外だ。さぞ豪快なロケーションの中を登っているのだろうが、周りの景色がほとんど見えず残念だ。




山頂が近くづくと、突然ナイフリッジは終了し穏やかな尾根になった。わずかに青空も透けている。歩きにくいクラストに苦しめられ、ロープを解除して黙々とラッセルする。



雪が硬くなったと思い、見上げるとすぐそこが山頂だった。富山側の稜線にたどり着いたのだ。喜びもつかの間、写真撮影しているわずかな時間に視界は再び無くなっていき、吹雪いてきた。険しい稜線を立山方面に向け、縦走開始。天気は更に荒れていき、視界がまったくないので雪庇境界がわからず恐ろしい。爆風で顔が上げられず斜度感覚もかなり奪われているので慎重に行動しなければならないが、急いでこの状況から脱出しないとマズい。疑似好天、終了である。

北薬師岳まで来たが、このままスゴ乗越を目指すのは自殺行為だ。これより先には縦走せず、富山側に尾根を下ることに決定。足の末端と顔の感覚が失われつつあるので、GPSを頼りに判然としない尾根を外さないよう急いで下る。



樹林帯の気配を感じると、いきなりガスの下に出た。広大でほとんど人の入らないであろう薬師岳西面の森が眼下に広がる。とても美しい森だ。ラッセルに幸せを感じたことはあまりないが、メルヘンの世界をラッセルしているような気分だった。ついさっきまでの緊迫した状況との対比が激しすぎて若干混乱気味である。




整然とした森の中に最高のテント場を確保した。ここが手軽に来れる場所なら大人気の雪山になるだろうが、秘境であることがその価値をより一層高めている。自分たちだけの楽園を発見した気分だ。

翌日は尾根を末端まで下って常願寺川に降り立ち、立山駅に下山することに決めた。



1月2日大雪の中、気合の下山パワーで夕方には立山駅に下山した。いきなりの文明社会とお正月ムードに理解が追い付かず、到着後しばし放心状態。

富山駅まで行って中華料理屋で下山飯。旨過ぎてみんな歓喜の声を上げた。しばらく「旨い」しか言わなかったが、旨さに慣れてくるとやっと文明社会に戻ってきた実感が湧いてきた。


下山したらしばらくは山への渇望が落ち着くかと思っていたが、3人とも帰路では既に他の山行の話が始まっていた。和田先輩など「明日は片付けあるけど、明後日空いてない?山行こうよ」と言ってきた。自分も気持ち的には余った予備日ですぐにでも山に行きたかった。実際には休養とか家庭とかいろいろあるので明後日から次の山は行けないのだが。

7日間の横断の様々な思い出全てが、自分の中で「面白かった、楽しかった」に変換されている。自分が山を登り続ける理由はそう思えるからだと、納得できた山行だった。

 
 
 

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